Netflixドラマ「地獄に堕ちるわよ」で登場した島倉千代子さんは、作中で細木数子と密接な関係であることが描かれています。
島倉千代子さんは1950年代後半〜1970年代で最も活躍していた方なので、現在では知らないという人も多くいるでしょう。
その島倉千代子さんと細木数子さんとの関係は、実際のところどうだったのかを、この記事で解説していきます。
島倉千代子と細木数子の関係の概要
島倉千代子(1938年〜2013年)と細木数子(1938年〜2021年)は、
借金問題をきっかけに出会い、一時は保護者と被保護者の関係として深く結びついたものの、
最終的にはお互いで意見が対立し、絶縁に至った複雑な関係でした。
島倉千代子と細木数子で共に行った行動 (時系列順)
1975年頃〜1977年:借金問題の発生と2人の出会い
島倉千代子は1975年頃、以前かかった眼科医に頼まれて実印を貸したことをきっかけに、
マネージャーや面識のない他人まで多数の保証人にされてしまい、(現在のレートで)総額16億円とも言われる莫大な借金を負いました。
借金取りに追われ、深夜の街を彷徨っていた島倉千代子を細木数子が偶然発見し、自宅に保護。
細木数子の内縁の夫が島倉の借金問題の後見人となり、細木自身も島倉千代子の借金整理に関与し始めます。
1977年3月22日:島倉千代子と細木数子が共に記者会見
記者会見の場所は東京・赤坂のディスコ「マンハッタン」。
島倉千代子は憔悴した表情で記者会見を開き、
「たいへんお騒がせして申し訳ありません。うまく言えませんので今、お世話になっているママに聞いてください」
と述べて、細木数子に説明を委ねました。
細木数子は代理人として、
「騙した医師は島倉の純情を踏みにじり、徹底的に利用したんです。島倉は被害者ですが、加害者の立場に追い込まれて、債権者に迷惑をかけてしまいました。でもその責任を果たすと言っています。」
と説明します。
細木数子は1億5000万円を現金で用意し、手形総額4億3000万円の債権者に対して大幅な減額交渉を行い、了承を取り付けました。
会見に集まったのは総勢22社の街金で、かなりヤバい人たちだったそうですが、
そんな人たちにも大幅な減額交渉を成功させた細木数子は、その交渉力をマスコミからも称賛されていたそうです。
1977年:芸能プロダクション「ミュージック・オフィス」の設立
細木数子は「光星龍」という名前で芸能プロダクション「ミュージック・オフィス」の社長に就任。
この会社での細木数子は、
- 島倉千代子のマネージャー
- 島倉の楽曲の作詞
これらの役割を担っていました。
1977年〜1980年代前半:借金返済期間
島倉千代子は借金返済のため、
- 写真集の発売
- 全国各地のキャバレー回り
- 地方興行
などを行っていました。
細木数子はというと、借金返済のために島倉千代子に過酷なスケジュールを強制し、
島倉千代子は細木数子のいいなりとなる状態が続きました。
細木数子だけが利益を得ていた
この時、細木数子は島倉千代子の興行権を握り、その興行権をレコード会社に渡して「トレードマネー」として2億円を得たとされています。
島倉千代子は残りの借金がいくらかを全く把握しておらず、細木数子だけが利益を搾取する仕組みが作られていました。
細木数子は島倉千代子の負債額について、
- 1980年:「16億円あった借金を、6億円にしてやった」
- 1982年:「4億数千万の負債」
- 1988年:「13億円で、三分の一の4億3000万円で債権者に納得させた」
というように、時期によって発言がたびたびブレていることから、島倉千代子から搾取していることが伺えます。
1980年頃:借金完済と関係の変化
1980年頃、島倉千代子は借金を完済。
完済後、細木数子に不信感を持っていた島倉千代子は、細木との関わりを徐々に薄くしていきました。
それ以降、細木数子と島倉千代子は公の場に一緒に現れることはなくなり、絶縁状態となりました。
島倉千代子と細木数子の関係の変化
「恩人」から「支配者」への変質
当初は「借金の整理役」として島倉を救済した細木ですが、
だんだんと島倉の興行権を掌握し、マネージャーとして島倉千代子に過酷な労働を強いる一方で、利益を搾取する存在へと変質しました。
島倉千代子は細木数子を「細木のママ」と慕っていましたが、後には実印・財産・住居まで細木に依存する状態になっていました。
細木数子は借金を通じて島倉千代子から絶大な信頼を得たことを利用し、やがて「支配者と奴隷」のような関係になりましたが、
借金を完済して後腐れがなくなった島倉千代子は、支配から逃れるように去っていったという結末でした。
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まとめ
- 島倉千代子と細木数子は同い年
- 島倉は騙され、約16億円の保証人にされていた
- 借金取りに追われていた島倉を細木が保護し、借金整理に関与し始める
- 細木が島倉のマネージャーとなり、過密スケジュールで島倉を働かせ続けた
- 細木は島倉の借金額ごまかし、島倉の活動で出た利益を搾取し続けた
- 借金完済とほぼ同時に、細木の信頼を失っていた島倉は細木のもとを去った
島倉千代子と細木数子の関係は、「借金という縁で結ばれ、同じ縁で壊れた」と言えるかもしれません。
1977年の借金問題をきっかけに出会った二人は、一時は深い信頼関係で結びつきましたが、
金銭管理の不透明さや搾取的な関係の変質により、最終的には意見の対立と絶縁に至りました。