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【トンイ】実話のモデルと元ネタ・ドラマとの違いを解説

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【トンイ】実話のモデルと元ネタ・ドラマとの違いを解説 サムネ

韓国時代劇『トンイ』は、
身分の低い少女「トンイ」が王の側室となり、
やがて王の母になるまでを描いた人気ドラマです。

この記事では、

  • 『トンイ』は実話なのか
  • モデルとなった実在の人物トンイの生涯
  • ドラマと実話の違い

こちらを解説していきます。

ドラマ『トンイ』は実在の人物をモデルにした実話ベースの作品

ドラマ『トンイ』は、
実在した女性をモデルにした作品です。

主人公トンイのモデルは、
朝鮮王朝の側室だった 淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)です。

彼女は朝鮮王朝第19代王「粛宗」の側室となり、
後に第21代王「英祖」の母となりました。

つまり、

  • トンイという女性は実在した
  • 王に見初められたのも事実
  • 英祖の母になったのも事実

ということです。

ただし、
ドラマの事件や恋愛描写には、
多くの創作が加えられています。

淑嬪崔氏(トンイのモデル)とはどんな人物?

淑嬪崔氏(トンイのモデル)は1670年に生まれました。

幼い頃に宮廷へ入り、女官として働き始めます。

その後、朝鮮王朝第19代王である粛宗の目に留まり、側室となりました。

そして1694年に生まれた息子が、
後の英祖です。

英祖は朝鮮王朝の中でも特に有名な王の一人で、
約50年間にわたって国を治めました。

そのため、トンイのモデルである淑嬪崔氏は
「偉大な王を育てた母」として歴史に名を残しています。

淑嬪崔氏(トンイのモデル)の生涯を時系列で解説

1670年:誕生

現在のソウルで生まれました。

しかし、詳しい幼少期の記録はほとんど残っていません。

1677年:7歳で宮廷入り

7歳で宮廷に入り、女官として働き始めます。

ドラマでは水汲みをする下働きとして描かれますが、
実際には針仕事を担当する部署に所属していたと言われています。

1692年頃:粛宗と出会う

女官として働く中で、
朝鮮王朝第19代王である粛宗の目に留まりました。

この出会いが、
彼女の運命を大きく変えます。

1693年:最初の子どもを出産

長男を出産しますが、
生後2か月で亡くなってしまいます。

1694年:英祖を出産

次男として延礽君(ヨニングン)を出産しました。

この子どもが、後の英祖です。

1695年:側室としてさらに昇進

王からの信頼を得て、
宮廷内での地位がさらに高まっていきました。

1698年:三男出産

三男を出産しましたが、3日で亡くなってしまいます。

1699年:最高位の側室となる

「淑嬪」(スクピン)という位を授けられます。

これは側室として最高位の位でした。

1701年:張禧嬪の失脚

粛宗の王妃である仁顕王后が亡くなりました。

このとき、淑嬪崔氏と同じ側室であった張禧嬪(チャン・ヒビン)が失脚します。

失脚の理由は、張禧嬪が仁顕王后を呪いをかけようと祈願していたことを淑嬪崔氏に告発されたことが原因です。

この出来事によって、
淑嬪崔氏の存在感はさらに大きくなりました。

1718年:49歳で死去

淑嬪崔氏は息子の英祖が王になる6年前に亡くなりました。

そのため、
自分の息子が王になる姿を見ることはありませんでした。

ドラマ『トンイ』と実話の違い

項目ドラマ『トンイ』実際の歴史
幼少期父が無実の罪で殺される詳しい記録はほとんど残っていない
身分最下層のムスリ針仕事を担当する女官
監察府事件を捜査する部署として登場実際には存在しない
張禧嬪との関係激しい対立が描かれる直接争った記録は少ない
性格完全な善人として描かれる慎重で政治的な面もあった

「トンイ」の幼少期の悲劇は創作

ドラマでは、
父親が陰謀によって命を落とし、トンイが真相を追います。

この設定はドラマオリジナルです。

実話では、幼少期について詳しい記録は残っていません。

「トンイ」はムスリではなく女官だった

ドラマでは、
トンイは水汲みなどを行う下働きとして描かれます。

しかし実話では、
針仕事を担当する女官として宮廷に入りました。

つまり、
ドラマほど「どん底からの大逆転」というわけではありません。

とはいえ、
王の側室となったこと自体が非常に珍しく、
十分に劇的な人生だったと言えます。

ドラマ『トンイ』に出る監察府はドラマオリジナル

『トンイ』の見どころの一つが、
トンイが事件を解決していく場面です。

しかし、
ドラマに登場する「監察府」という部署は、実際には存在しません。

この設定によって、
歴史ドラマにミステリー要素が加えられて脚色されています。

張禧嬪との対立は脚色されている

ドラマでは、
トンイと張禧嬪の対立が大きな見どころです。

実際には、
二人が直接対決したという明確な記録はありません。

しかし、
淑嬪崔氏の告発が張禧嬪の失脚につながったとされており、
まったく無関係だったわけではありません。

淑嬪崔氏(トンイのモデル)はどんな性格だった?

歴史書によると、淑嬪崔氏は控えめで、礼儀正しい人物だったと言われています。

周囲からの評判も良かったようです。

一方で、
宮廷の複雑な政治の中で生き抜いた人物でもあり、
ただ優しいだけではなかったと考えられています。

まとめと人気の実話解説記事

  • 『トンイ』は実在した淑嬪崔氏をモデルにした実話ベースのドラマ
  • 粛宗の側室となり、後の英祖の母になったのは史実
  • 幼少期の悲劇や事件捜査の設定は創作
  • 実際には針仕事を担当する女官だった
  • 張禧嬪との対立はドラマ用に大きく描かれている
  • 史実を知ると『トンイ』をさらに深く楽しめる

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