映画『ムカデ人間』は、元外科医の狂った博士が3人の観光客を口と肛門で外科的につなぎ合わせ、
「ムカデ人間」と呼ばれる異形の存在を作り出そうとする姿を描いた、オランダ製ホラー映画です。
この記事では、
- 『ムカデ人間』が実話かどうか
- なぜ「実話では?」という噂が広まったのか
- 映画のモデルとなった歴史上の人物・事件
- 「100%医学的に正確」の主張の真偽
- 監督・キャストの裏話
こちらを解説していきます。
『ムカデ人間』は実話ではないがモデルの人物が実在する
結論から言うと、映画『ムカデ人間』が描く事件は、実際には起きていない完全なフィクションです。
監督はオランダのトム・シックスさん。
2009年に制作・完成し、同年8月にロンドンのFrightFest Film Festivalでプレミア上映されました。
しかし、宣伝で大々的に使われた「100%医学的に正確」というキャッチコピーが、
一部の観客から「実際に起きた事件を元にしているのでは?」という誤解を生みました。
ただし、映画の悪役「ヨーゼフ・ハイター博士」のモデルとなった実在の人物は存在します。
映画そのものは架空ですが、歴史上の闇の人体実験が創作の根拠として使われているのです。
なぜ「実話では?」という噂が広まったのか
「100%医学的に正確」というキャッチコピー
映画の宣伝において、「100% Medically Accurate(100%医学的に正確)」という刺激的な言葉が全面に打ち出されました。
これは「劇中の手術手順に医学的な理論的一貫性がある」という意味でしたが、
それを見た観客の中に「実際に起きたことを描いているかもしれない」と受け取った人が出てきたのです。
劇場では「吐き気袋」が配られるという演出も話題を呼び、
インターネット上で「実話なのでは?」という噂がじわじわと広がっていきました。
2018年のフェイクニュース騒動
2018年8月、「usatoday-go.com」という偽のニュースサイトが
「テネシー州ノックスビルで、実際に人間を接合した男が逃走中」
という嘘の記事を配信しました。
この記事はSNSで爆発的に拡散され、現地の警察が公式にデマだと発表する事態にまで発展。
Gary Holliday副署長が正式に否定するまで、多くの人が本当の事件だと信じてしまったのです。
映画『ムカデ人間』のモデルとなった実在の人物・事件
映画そのものは架空ですが、監督のシックスさんは脚本を書くにあたって、
歴史上に実在した残虐な人体実験の記録から大きな影響を受けています。
悪役のモデル:ナチスの「死の天使」ヨーゼフ・メンゲレ
映画の悪役「ヨーゼフ・ハイター博士」の直接のモデルとされているのが、
第二次世界大戦中のナチス・ドイツの軍医、ヨーゼフ・メンゲレさんです。
アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で「死の天使」と恐れられたメンゲレさんは、
遺伝学研究の名目で、健康な双子を背中合わせに縫い合わせて人工的なシャム双生児を作ろうとする実験を実際に行っていました。
映画のハイター博士が「かつてシャム双生児の分離手術の世界的権威だった」という設定は、
このメンゲレさんの歴史的な蛮行を現代向けに作ったものと言えます。
主演のディーター・ラーザーさん自身も、
ナチスの歴史がドイツ人に残した「血の呪縛」を意識しながらこのキャラクターを演じた
と語っています。
旧日本陸軍731部隊の生体解剖実験との関係
映画のリアリティをさらに補強している歴史的事実が、もうひとつあります。
旧日本陸軍の731部隊(ハルビン)では、被験者の胃を全摘出し、食道と腸を直接縫合するという生体解剖実験の記録が残っています。
消化管を人為的に再編・接続するという発想自体が、歴史上に確かに存在した非人道的な実験と地続きになっているわけです。
「100%医学的に正確」は本当か
映画の目玉フレーズとして使われた「100%医学的に正確」ですが、専門家の視点から見るとどうなのでしょうか。
劇中の手術手順
劇中でハイター博士が説明する手術の基本手順は、以下の通りです。
- 膝の靭帯(膝蓋靭帯)を切断し、3人が立ち上がれないようにする
- 後方2人の顎から頬にかけて皮膚を円形に切開する
- 先頭の人物の肛門と後方の人物の口腔を縫合し、同様にさらに後方の人物ともつなぐことで、3人を一列の消化管として固定する
実際の医学的見解
専門家から見ると、この術式で人が生き続けることは不可能とされています。
| 劇中の主張 | 実際の医学的現実 |
|---|---|
| 排泄物を直接送れば細菌の影響を受けない | 便には大腸菌などの病原菌が大量に含まれ、切開創から血流に侵入する |
| 先頭者の食事で全員が栄養を得られる | 排泄段階の糞便には栄養素や水分がほとんど残っていない |
| 縫合したまま3人が這い回れる | 動くたびに縫合部に負荷がかかり、縫合が剥がれる |
| 消化は一方向にのみ流れる | 嘔吐時に強酸(pH1〜2)が逆流し体内を損傷する |
臨床医のフィリップ・コークリー博士など複数の専門家が、
「このような状態で生存し続けることは生物学的に不可能」
と結論づけています。
つまり「100%医学的に正確」というのは、「手術の手順に論理的な一貫性がある」という意味であって、
「実際に成立する医療行為だ」という意味ではなかったわけです。
監督トム・シックスさんと映画が生まれた理由
テレビのニュースから生まれた"ジョーク"
映画『ムカデ人間』のアイデアの原点は、2004年〜2008年頃、シックスさんがテレビで児童虐待犯に対する生ぬるい判決ニュースを見たことにあります。
友人たちと「犯人の口を肥満トラック運転手の肛門に縫い合わせればいい」
というブラックジョークを言い合ったことが、この映画の基礎アイデアになったのです。
シックスさんはかつてリアリティ番組『ビッグ・ブラザー』のディレクターを務めており、こんな言葉を残しています。
「人間は完全に隔離され、カメラで見張られていると確信したとき、
信じられないほど不条理な行動を取り始める」
その経験が、ハイター博士の地下室というミニマルな閉鎖空間の設定に生かされています。
姉弟タッグで生まれた作品
『ムカデ人間』は、シックスさんが実姉のイロナ・シックスさんとともに製作会社を設立し、二人三脚で作り上げた作品です。
脚本を書く過程で、シックスさんはオランダの外科医にアイデアを打ち明けました。
最初は倫理的な問題から激しく拒否されましたが、その医師が熱狂的な映画愛好家でもあったため、
「映画は芸術であり虚構である」と最終的に納得し、解剖学的に整合性のある手術手順を書き上げてくれました。
キャストの裏話
ハイター博士を演じたディーター・ラーザーさん
ハイター博士を圧倒的な存在感で演じたドイツ人俳優ディーター・ラーザーさんは、国内で50年以上のキャリアを持つ高名な舞台・映画俳優でした。
最初に脚本を読んだとき、ラーザーさんはその非道な内容に恐怖を感じ、一度は出演を断ろうとしています。
しかし、ベルリンでシックス監督と直接面会し、その情熱と演出プランに深く感銘を受けて出演を決意しました。
役作りでは「ハイターはムカデ人間を自分のペット同然に見ている」と解釈し、
被験者の前を全裸で悠々と泳ぐシーンは自ら発案・追加したものです。
撮影現場でのラーザーさんの演技の不気味さは凄まじく、
突然の迫真演技を受けたカメラアシスタントがショックでピントを合わせられなくなり、泣き崩れてしまったという逸話も残っています。
ラーザーさんは2020年2月に78歳で亡くなりました。
先頭「カツロー」を演じた北村昭博さん
「ムカデ人間」の先頭(ヘッド)を演じた日本人俳優の北村昭博さんは、ロサンゼルスからSkype経由でオーディションを受け、抜擢されました。
当初の脚本では、カツローはセリフがほとんどなく、ただ怯えて叫び続けるだけの存在だったのです。
北村さんはこう考えていました。
「海外映画に描かれがちなお決まりの大人しい日本人像を壊したい」
さらにシックス監督に、こんな提案をしたのです。
「このような拷問を受けた人間は恐怖だけでなく、
怒り・悲しみ・絶望など万感のエモーションを爆発させるはず」
日本映画を愛するシックス監督はこの提案を絶賛し、北村さんにカツローの裏設定を自由に作ることを許可。
映画のクライマックスで登場する、家族をないがしろにしてきた罪への告白を語る長回し日本語独白シーンは、北村さんが作り上げたものです。
このシーンは、グロテスクな見世物になりがちだった『ムカデ人間』に
「奪われない人間の尊厳」という哲学的な深みをもたらし、ラーザーさんからも撮影後に賞賛されるほどでした。
まとめと人気の実話解説記事
- 『ムカデ人間』が描く事件は完全なフィクションで、実話ではない
- 「100%医学的に正確」というキャッチコピーが「実話では?」という誤解を生んだ
- 悪役ハイター博士のモデルはナチスの軍医ヨーゼフ・メンゲレさんとされている
- 731部隊の生体実験など、歴史上の人体実験が映画のリアリティの根拠になっている
- 2018年にフェイクニュースが拡散し、現地警察が公式にデマと認定した
- 主演のディーター・ラーザーさんは2020年2月に78歳で逝去している