『八つ墓村』は、原作は横溝正史さんによる代表的な推理小説です。
この記事では、
- 『八つ墓村』の元になった実話
- 津山事件(津山三十人殺し)の詳細
- 『八つ墓村』との違い
- なぜ実話と言われるのか
こちらを解説していきます。
『八つ墓村』は実話が元ネタになった作品
結論から言うと、『八つ墓村』は実話そのものではありませんが、モデルになった元ネタはあります。
1938年(昭和13年)に岡山県で発生した「津山事件(津山三十人殺し)」を直接的なモデルとして作られた作品です。
横溝正史さん自身も、津山事件から着想を得たことを認めています。
そのため、『八つ墓村』はフィクションでありながら、実際に起きた事件の惨劇を土台として作られた作品となっています。
津山事件(津山三十人殺し)とは
津山事件は、日本犯罪史上でも最大級の大量殺人事件として知られています。
事件の概要は以下の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発生日時 | 1938年5月21日午前1時40分頃 |
| 発生場所 | 岡山県苫田郡西加茂村(現在の津山市加茂町行重) |
| 犯人 | 都井睦雄 |
| 被害者 | 死者30人、負傷者3人 |
| 犯行時間 | 約1時間半 |
| 犯行後 | 犯人は自殺 |
わずか約90分の間に30人もの命が奪われたことから、日本社会に大きな衝撃を与えました。
犯人・都井睦雄の生い立ち
都井睦雄は1917年に岡山県で生まれました。
しかし幼い頃に祖父、父、母を相次いで亡くし、祖母に育てられています。
学業成績は非常に優秀で、地元では秀才として知られていました。
しかし青年期になると状況が変わります。
結核の噂が広がる
1935年頃から、都井家は結核になりやすい家系だという噂が村に広まりました。
さらに1937年の徴兵検査では、結核を理由に不合格となります。
これによって周囲の見る目が変わり、深刻な孤立状態に陥ったと言われています。
女性関係の悪化
当時の農村には夜這いの風習があり、都井睦雄は複数の女性と関係を持っていました。
ところが結核の噂が広まると、女性たちは次第に都井睦雄を避けるようになります。
これが後の犯行動機の一因になったと考えられています。
津山事件の動機
都井睦雄は犯行前に複数の遺書を残していました。
その内容からは、自分を拒絶した女性たちへの恨みが読み取れます。
また、数か月前から犯行準備を進めていた形跡も確認されています。
一部の女性が帰省していたことが、犯行決行の引き金になったとも言われています。
犯行時の異様な装備
津山事件が現在まで語り継がれる理由のひとつが、その異様な姿です。
都井睦雄は以下のような装備で犯行に及びました。
- 学生服風の詰襟服
- 巻きゲートル
- 地下足袋
- 頭に懐中電灯を取り付けた鉢巻
- 日本刀
- 匕首
- ブローニング自動拳銃
- 弾薬約100発
特に頭部に装着した懐中電灯は非常に印象的で、後の『八つ墓村』にも大きな影響を与えています。
津山事件の時系列
午前1時40分頃
都井睦雄は最初に祖母を斧で殺害しました。
集落内で襲撃開始
その後、複数の民家へ侵入し、猟銃や刃物を用いて住民を次々と襲撃します。
約1時間半で大量殺人
わずか90分ほどの間に30人が死亡し、3人が負傷しました。
犯行後
犯行を終えた都井睦雄は遺書を書き残した後、岡山県内の荒坂峠へ向かい、自ら命を絶ちました。
津山事件が地域に与えた影響
事件によって一家全滅となった家庭もありました。
また、多くの農家が働き手を失い、地域社会は深刻な打撃を受けます。
さらに事件後は、現場となった集落が長期間にわたり偏見や差別的な扱いを受けたとも言われています。
『八つ墓村』と津山事件の違い
『八つ墓村』は津山事件をモデルにしていますが、そのまま再現した作品ではありません。
主な違いをまとめると以下の通りです。
| 項目 | 津山事件 | 『八つ墓村』 |
|---|---|---|
| 舞台 | 岡山県の実在集落 | 架空の村 |
| 犯人 | 都井睦雄 | 田治見要蔵 |
| 年齢 | 21歳の青年 | 中年男性 |
| 服装 | 学生服風の服装 | 白装束 |
| 被害者数 | 30人 | 32人 |
| 動機 | 女性への恨みなど | 愛憎や執着 |
| 犯行後 | 自殺 | 行方不明 |
| 時代設定 | 昭和13年 | 大正時代 |
このように、事件の骨格は参考にしながらも、物語として大幅な脚色が加えられています。
原作者・横溝正史は津山事件を知らなかった
実は『八つ墓村』の原作者の横溝正史さんは、事件発生当時には津山事件を知りませんでした。
1948年頃、岡山県警関係者から事件について聞かされたことがきっかけで知ることになります。
さらに岡山市で開催された防犯展で、
- 事件資料
- 被害状況の写真
- 犯人の再現図
などを目にし、強い衝撃を受けました。
その後、『八つ墓村』の構想に取り入れられたと言われています。
これがきっかけで
懐中電灯を頭に装着した犯人の姿 = 八つ墓村
というシンボルになるほど大きな影響を与えました。
まとめと人気の実話解説記事
- 『八つ墓村』は実話そのものではない
- 1938年に発生した津山事件(津山三十人殺し)が直接的なモチーフ
- 津山事件では30人が犠牲となった
- 犯人・都井睦雄の装備や事件の雰囲気が作品に取り入れられている
- 犯人の年齢や動機、結末などは大きく変更されている
- 横溝正史さんは津山事件を基に独自のミステリー作品として再構成した