映画『日本で一番悪い奴ら』は、現役警察官が覚醒剤の密売と拳銃の自演摘発に手を染めていく様を描いた作品です。
この記事では、
- 『日本で一番悪い奴ら』が実話を元ネタにした作品かどうか
- モデルとなった稲葉圭昭さんのプロフィールと経歴
- 稲葉事件の詳細を時系列で解説
- 映画と実話の主な違い
- 稲葉圭昭さんの現在
こちらを解説していきます。
映画『日本で一番悪い奴ら』は実話をモデルにした作品
結論から言うと、『日本で一番悪い奴ら』は2002年に北海道警察で実際に起きた「稲葉事件」をモデルにした実話ベースの作品です。
原作は事件の当事者である稲葉圭昭さんが出所後に書いた手記
『恥さらし ―北海道警 悪徳刑事の告白―』(講談社文庫、2011年)です。
タイトルについては、同事件を取材したジャーナリスト・織川隆さんのノンフィクション『北海道警察 日本で一番悪い奴ら』から取られています。
2016年6月25日に公開された映画では、白石和彌さんが監督を務め、綾野剛さんが主人公の諸星要一を演じました。
綾野剛さんは役作りのために体重を10キログラム以上増量し、撮影の多くは三重県で行われています。
興行収入は4億円を記録し、第40回日本アカデミー賞では綾野剛さんが優秀主演男優賞を受賞しています。
映画『日本で一番悪い奴ら』のモデル・稲葉圭昭とは何者だったのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 稲葉圭昭(いなば よしあき) |
| 生年月日 | 1953年10月(北海道門別町・現日高町生まれ) |
| 最終学歴 | 東洋大学(柔道部主将・全国個人3位) |
| 入庁 | 1976年、北海道警察に柔道特別採用枠で入庁 |
| 最終職位 | 生活安全特別捜査隊班長・警部 |
| 逮捕 | 2002年7月10日(覚醒剤取締法違反) |
| 判決 | 懲役9年・罰金160万円(2003年4月) |
| 出所 | 2011年9月 |
映画『日本で一番悪い奴ら』のモデルとなった稲葉さんは柔道のエリートとして北海道警察に入庁し、
長年にわたって暴力団・銃器捜査の第一線で活躍した刑事です。
銃器対策課では
「100丁以上の拳銃を押収した銃対のエース」
と呼ばれており、捜査協力者(「エス」)を巧みに使って実績を上げる存在として知られていました。
稲葉事件の実話を時系列で解説
1976年:北海道警察に入庁
東洋大学柔道部で全国個人3位の成績を収めた稲葉さんは、
1976年に柔道の特別採用枠で北海道警察に入庁しました。
入庁後は機動隊の柔道特別訓練隊員として配置され、
1979年には柔道を引退して刑事部内の機動捜査隊に配属されました。
その後、札幌中央署や旭川中央署などを経て刑事としてのキャリアを積んでいきます。
1993年:銃器対策室への配属
1993年4月、
稲葉さんは道警本部防犯部保安課に新設された
銃器対策室(後の生活安全部銃器対策課)の初代捜査員の一人に選ばれました。
ここで稲葉さんが徹底的に活用したのが、「エス」と呼ばれる捜査協力者制度です。
道警では捜査協力者をスパイの頭文字「S(エス)」と呼び、名簿を管理していました。
稲葉さんは逮捕当時、エスを20人抱えていたとされています。
エスの維持には食事代や小遣いなどの交際費がかかりますが、
これを自腹で負担するうちに資金難に陥っていったとされています。
1997年11月:ロシア人船員おとり捜査事件
1997年11月14日、
小樽市内でロシア人船員が拳銃と実弾を所持しているとして銃刀法違反で逮捕される事件が起きました。
しかし後に、この逮捕の現場にはパキスタン人の協力者が関与していたにもかかわらず、
当時の銃器対策課長K警視の指示で捜査書類に記載されず、
公判でも「パキスタン人を確認していない」と偽証が行われていたことが判明します。
これは後に違法なおとり捜査として問題視され、2017年には再審で無罪判決が下されました。
2000年4月:函館新港での覚醒剤130キロ密輸
2000年4月、北海道函館新港に
末端価格約40億円にのぼる覚醒剤130キログラムが持ち込まれました。
この密輸を手引きしたのは北海道警察銃器対策課と函館税関だったとされています。
「泳がせ捜査」と称し、密輸ルートを把握したうえで大量の薬物を国内に入れる手法は、
のちに組織的な違法捜査として批判を受けることになります。
2001年4月:警部に昇進
稲葉さんは2001年4月に警部に昇進しました。
長年の実績が認められた昇進でしたが、
このころすでに覚醒剤の使用と密売が始まっていたとされています。
売り上げは3〜4年間で1億円以上に達していたと言われており、
愛人との交際費や輸入車の購入などに充てられていたとされています。
2002年7月5日:捜査協力者の出頭
2002年7月5日、稲葉さんのエスのひとりで飲食店を経営していた渡辺司さん(当時40歳)が、
自ら覚醒剤を持って札幌方面北警察署に出頭しました。
渡辺さんは稲葉さんが覚醒剤を使用していることや大量に所持していることを供述しました。
これが事件発覚のきっかけとなります。
2002年7月10日:稲葉圭昭、逮捕
エスの1人の出頭から5日後の7月10日、
札幌北署は勤務中だった稲葉さんに任意同行を求め尿検査を実施しました。
検査では覚醒剤の陽性反応が出て、同日午後に覚せい剤取締法違反で逮捕されました。
現役の警部が覚醒剤使用で逮捕されるのは、北海道警察史上初のことでした。
2002年7月31日:拳銃発見・再逮捕、元上司が自殺
7月31日、稲葉さんの住居から拳銃1丁と覚醒剤0.44グラムが発見され、銃刀法違反で再逮捕されました。
同日付で懲戒免職処分が下されています。
同じ日、札幌市南区の藻南公園内のトイレで、
稲葉さんの元上司にあたるK警視(当時56歳)が首をつって自殺しているのが発見されました。
K警視は1997年4月から2001年2月まで銃器対策課に在任し、
稲葉さんと長く行動をともにしていた人物です。
2002年8月21日:覚醒剤92.9グラム発見、三度目の逮捕
8月21日、稲葉さんの自宅マンションから覚醒剤約92.9グラムが発見され、
営利目的所持容疑で再逮捕されました。
密売による利益は約2,000万円にのぼるとされています。
2002年8月29日:渡辺司さんが拘置所で死亡
稲葉さんを告発した渡辺司さんが、8月29日に札幌拘置支所の個室で
靴下を口と首に使った状態で死亡しているのが発見されました。
死因は窒息死で、自殺と結論付けられています。
この死については、当時から不審を訴える声もありましたが、詳細は明らかにされていません。
2002年11月〜2003年4月:裁判と判決
2002年11月14日、札幌地裁で初公判が開かれ、稲葉さんは起訴事実を認めました。
2003年2月13日の公判では、
上司の指示で約70丁の拳銃を自作自演で摘発していたという衝撃的な証言も飛び出しました。
そして2003年4月21日、
札幌地裁は懲役9年・罰金160万円の判決を言い渡しました。
5月7日に判決が確定しています。
2011年9月:出所・著書出版
稲葉さんは2011年9月に刑期を満了して出所しました。
同年10月には手記『恥さらし ―北海道警 悪徳刑事の告白―』(講談社)を出版し、自ら事件の全貌を語っています。
映画『日本で一番悪い奴ら』と実話の違い
| 項目 | 映画での描写 | 実際の事実 |
|---|---|---|
| 主人公の名前 | 諸星要一 | 稲葉圭昭 |
| 主人公の外見 | 撮影途中で大幅に太る | 具体的な体型変化の記録はなし |
| エスの数 | 複数名が登場 | 逮捕当時20名を抱えていた |
| 覚醒剤の量(泳がせ捜査) | 映画では「120キロ」と表現 | 実際は130キロ(130袋×1kg) |
| 先輩刑事・村井(ピエール瀧) | 諸星に犯罪を教え込む存在として登場 | 特定のモデルは明らかになっていない |
| 黒岩(中村獅童) | 暴力団幹部のエスで覚醒剤を持ち逃げ | 「石上」という人物がモデルとされるが詳細は不明 |
| 太郎(YOUNG DAIS) | 若い協力者として登場、映画内で死亡 | 特定のモデルは公表されていない |
| 撮影地 | 三重県 | 実際の事件は北海道 |
| 捜査協力者の死 | 映画内で描写あり | 渡辺司さんが拘置所で死亡(自殺と結論) |
主人公の名前は変えられている
映画の主人公は「諸星要一」という架空の名前ですが、
- 柔道エリートとして警察に入庁
- 銃器対策課でエスを駆使して実績を上げる
- 覚醒剤に溺れて転落していく
この流れは、モデルの稲葉圭昭さんの実話に非常に忠実です。
稲葉さんも東洋大学の柔道部主将という経歴を持っており、映画と実話の対応は明確です。
先輩刑事「村井」は脚色された人物
映画では、ピエール瀧さんが演じる先輩刑事・村井が
諸星に「エスの作り方」を叩き込む重要な役割を担っています。
しかし実際には、村井というモデルが特定されているわけではなく、
映画としての演劇的なわかりやすさのために設けられた脚色キャラクターと考えられます。
「黒岩」のモデルは実在するが詳細は不明
中村獅童さんが演じる暴力団幹部の黒岩勝典は、
映画の中で覚醒剤を持ち逃げして姿を消す人物として描かれています。
実際にも「石上」という通称で呼ばれた人物が稲葉さんのエスとして関わり、
薬物を持ち逃げしたという話が語られていますが、詳細は公になっていません。
覚醒剤の量に若干の差がある
泳がせ捜査で国内に持ち込まれた覚醒剤の量について、
映画では「120キロ」と表現されていますが、
実際には130キロ(1キログラム入りの袋が130袋)だったとされています。
末端価格にして約40億円相当とも言われており、
「日本警察史上最大の不祥事」と呼ばれる理由のひとつです。
稲葉圭昭さんのその後
出所後の稲葉さんは、しばらくの間、
札幌市内の市場で八百屋を営んでいたとされています。
その後、次男とともに「いなば探偵事務所」を北海道札幌市中央区宮の森に開業しました。
浮気調査や素行調査などを手がけており、
メディアのインタビューに対して
「警察という後ろ盾がないので仕事は難しいですね」
と語っています。
服役中も妻が支え続け、一家離散には至らなかったとも言われています。
2022年には文春オンラインのインタビューにも応じ、
泳がせ捜査のために約40億円の覚醒剤を北海道内に流入させた経緯を当事者として語っています。
まとめと人気の実話解説記事
- 『日本で一番悪い奴ら』は2002年に発覚した「稲葉事件」をモデルにした実話ベースの作品だった
- モデルの稲葉圭昭さんは東洋大学柔道部主将出身で、北海道警察に1976年に入庁した元刑事だった
- 銃器対策課で「エス(捜査協力者)」を20人抱え、自演摘発や泳がせ捜査などに関与していたとされている
- 2000年には末端価格約40億円の覚醒剤130キログラムを泳がせ捜査と称して国内に流入させたと言われている
- 2002年に覚醒剤使用・所持・銃刀法違反で逮捕され、懲役9年の実刑判決を受けた
- 映画では主人公名や一部の登場人物が脚色されているが、事件の流れは実話に忠実とされている
- 稲葉さんは2011年に出所後、手記を出版し、現在は次男とともに探偵事務所を営んでいる