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【ラジオアクティブ・エマージェンシー】実話の元ネタの出来事を時系列で詳細に解説

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【ラジオアクティブ・エマージェンシー】実話の元ネタの出来事を時系列で詳細に解説 サムネ

『ラジオアクティブ・エマージェンシー』は、1987年にブラジルで実際に起きた被ばく事故を題材にした作品です。

この記事では、

  • 『ラジオアクティブ・エマージェンシー』の元ネタ
  • 実際に起きたゴイアニア被ばく事故の時系列
  • ドラマと実話の違い
  • 事故が残した影響

こちらを解説していきます。

『ラジオアクティブ・エマージェンシー』の実話の元ネタ

Netflixドラマ『ラジオアクティブ・エマージェンシー』は、

1987年にブラジル・ゴイアニアで発生した「ゴイアニア被ばく事故」をモデルに制作された実話系ドラマです。

この事故は、廃病院に放置されていた医療用放射線装置が盗まれ、内部に入っていたセシウム137が街中へ拡散したことで発生しました。

国際原子力機関(IAEA)も正式記録として残している重大事故であり、世界最悪クラスの放射線事故の一つと言われています。

ドラマでは一部の人物名や設定が変更されていますが、事故の流れや被害状況は忠実に再現されています。

ゴイアニア被ばく事故とは?

ゴイアニア被ばく事故の原因は、廃病院に放置されていた放射線治療装置でした。

内部には強い放射線を放出する「セシウム137」が残されており、これを知らずに解体したことで被害が拡大していきます。

最終的には、

  • 4人が死亡
  • 約24万人規模の汚染調査
  • 249人に汚染確認
  • 多数の住宅解体

という大規模災害に発展しました。

ゴイアニア被ばく事故の国際基準の被害レベル

原子力事故の重大性は、
国際原子力機関(IAEA)の「INES(国際原子力事象評価尺度)
という、レベル0〜7の国際基準があります。

この基準で、
ゴイアニア事故はレベル5となりました。

レベル別の被害の大きさは次の表です。

レベル名称主な事例
7深刻な事故チェルノブイリ原子力発電所事故、
福島第一原子力発電所事故
6大事故キシュテム事故
5広範囲な影響を伴う事故ゴイアニア被ばく事故、スリーマイル島原子力発電所事故
4局所的な影響を伴う事故東海村JCO臨界事故
3重大な異常事象原発設備事故など
2異常事象放射線管理ミスなど
1逸脱機器トラブル
0尺度以下軽微トラブル

ゴイアニア被ばく事故の詳細を時系列で解説

【前史】1985年:放射線治療施設が閉鎖される

1985年末、ブラジル・ゴイアニア市にあった民間放射線治療施設が別の場所へ移転しました。

しかし問題だったのは、旧施設内に高濃度の放射線源を残したまま建物を放置したことです。

施設には、がん治療に使われていた「セシウム137治療装置」が残されていました。

この装置には約50.9テラベクレルものセシウム137が含まれていました。

ここまで危険な物質は、本来は厳重な管理が必要でした。

ところが、

  • 規制当局への十分な報告なし
  • 建物は廃墟状態
  • 警備員不在
  • フェンス破損

という危険な状況で放置され続けます。

これが後の大事故の始まりになりました。

50.9テラベクレルとはどのくらい危険か

「ベクレル」とは、
「1秒間に何回、放射線を出しているか」
ということです。

つまり、今回の50.9テラベクレルというのは
50,900,000,000,000
という数字になり、つまり、

「1秒間に約509兆回も放射線を放出している」

という危険極まりないものです。

他にも分かりやすい例えでいうと、ゴイアニア事故で使われていたセシウム137は、

  • 人が素手で触れるだけで致命的になる
  • 近くに数時間〜数日いるだけで重度被ばく(致死量)になる
  • 粉末化すると街単位で汚染が拡大する

というレベルのものです。

【第1段階】1987年9月10日〜13日:装置の盗難

1987年9月10日頃、2人の若者が廃墟となった旧IGR施設へ侵入しました。

2人の若者の名前は
ロベルト・ドス・サントス・アウヴェス

ワグナー・モタ・ペレイラ
です。

彼らは金属スクラップを探しており、放射線治療装置を価値ある金属部品だと思い込みます。

2人は巨大な放射線装置を分解し、台車を使って自宅へ運搬しました。

この時点で、2人は強い放射線を長時間浴びていました。

9月13日:最初の異変

装置を持ち帰った直後から、2人には異常な症状が現れ始めます。

  • 激しい嘔吐
  • めまい
  • 倦怠感
  • 下痢

など、急性放射線症候群の典型的な初期症状でした。

しかし当時、彼らも医師も放射線被ばくを疑っていませんでした。

【第2段階】9月14日〜18日:誤診と青い光

9月14日

若者の1人のワグナー・モタ・ペレイラの症状はさらに悪化しました。

特に左手が大きく腫れ上がり、皮膚にも異変が現れ始めます。

これは放射線熱傷の初期症状でした。

9月15日:食中毒と誤診

ペレイラは地元クリニックを受診します。

しかし医師は放射線障害を疑わず、「食中毒」と診断しました。

原因不明のまま帰宅したことで、被ばくは続いていきます。

9月16日:青い光の発見

アウヴェスは装置内部をさらに分解しようとしました。

ドライバーで容器を突き刺した瞬間、中から青白く光る粉末が見えます。

これは「チェレンコフ放射」と呼ばれる現象でした。

暗闇で幻想的に輝く青い光に、彼らは危険性ではなく「美しさ」を感じてしまいます。

ここから事故は一気に拡大していきました。

【第3段階】9月18日〜24日:放射性物質の拡散

9月18日:廃品回収業者へ売却

アウヴェスは装置の破片を、廃品回収業者デヴァイール・フェレイラへ売却しました。

フェレイラは装置内部から漏れ出る青い粉に興味を示します。

彼はこれを「魔法の粉」のようなものだと思い込み、家族や友人へ見せて回りました。

さらに、

  • 手で触る
  • 体へ塗る
  • 持ち歩く
  • 家の中に置く

など、極めて危険な行動が続きます。

9月21日:家族にも症状が出始める

フェレイラの妻マリア・ガブリエラ・フェレイラに体調不良が現れます。

さらに親族や近隣住民にも、

  • 嘔吐
  • 発熱
  • 下痢
  • 火傷のような皮膚症状

が広がっていきました。

しかし誰も放射線事故だとは気づきませんでした。

9月24日:6歳少女が粉末を口にする

事故の中でも特に悲劇的だったのが、6歳の少女レイデ・ダス・ネーヴェス・フェレイラの被ばくです。

彼女は青く光る粉末を「綺麗なもの」だと思い込み、手で触れ、さらに食べてしまったとされています。

少女は極めて高線量の内部被ばくを受けました。

【第4段階】9月25日〜28日:汚染拡大と事故発覚

9月25日

フェレイラは汚染されたスクラップ金属を、別の廃品回収業者へ売却しました。

これにより、放射性物質はさらに広範囲へ拡散していきます。

9月26日

旧病院に残されていた別の機器まで回収され、複数の廃品回収業者を経由し始めました。

この頃には、汚染範囲は完全に把握不能な状態になっていました。

9月28日:事故発覚

フェレイラの妻マリア・ガブリエラは、「青い粉」が家族の病気の原因ではないかと疑い始めます。

彼女は装置の破片を袋へ入れ、公共衛生局へ持ち込みました。

これがゴイアニア被ばく事故発覚の瞬間です。

しかし当初、保健所職員も危険性を理解していませんでした。

汚染物質は机の上へ置かれ、多くの職員が被ばくする危険な状況になっていました。

【第5段階】9月29日〜30日:放射線事故と判明

9月29日午前

放射線医学の専門家ワルター・メンデス・フェレイラらが調査へ入ります。

放射線測定器を使用した結果、極めて高い放射線量が確認されました。

ここで初めて、「大規模放射線事故」であることが判明します。

緊急対応開始

ブラジル原子力委員会(CNEN)が緊急対応チームを派遣しました。

当局は、

  • 周辺封鎖
  • 避難指示
  • 汚染調査
  • 医療トリアージ
  • 線量測定

を一斉に開始します。

9月30日:オリンピック競技場が臨時検査場になる

ゴイアニア市内のオリンピック競技場が、汚染検査の拠点として使用されました。

大量の市民が検査のため集まり、街は混乱状態になります。

「自分も被ばくしたのではないか」

という恐怖が広がり、パニックに近い状況となりました。

【第6段階】1987年10月:被害拡大と死者発生

重症患者の増加

高線量被ばくを受けた人々には、

  • 皮膚壊死
  • 内出血
  • 脱毛
  • 骨髄機能停止
  • 感染症

などの深刻な症状が現れました。

治療には、

  • プルシアンブルー
  • GM-CSF
  • 輸血
  • 隔離治療

などが使用されます。

10月23日:放射線物質を口にした少女レイデが死亡

放射線物質を口にしてしまっていた、6歳のレイデ・ダス・ネーヴェス・フェレイラが急性放射線症候群によって死亡しました。

同日、母親マリア・ガブリエラ・フェレイラも死亡します。

レイデの遺体は放射線汚染を防ぐため、鉛製棺へ納められ、コンクリートで覆われて埋葬されました。

10月27日〜28日

さらに、

  • イスラエル・バティスタ・ドス・サントス
  • アドミルソン・アルヴェス・デ・ソウザ

の2人も死亡しました。

事故による急性放射線症候群の死者は合計4人となります。

【第7段階】1987年末:大規模除染

事故後、ブラジル政府は数か月にわたる大規模除染を実施しました。

主な除染内容

  • 約11万2千人を放射線検査
  • 249人に汚染確認
  • 85軒の建物を汚染認定
  • 41軒から住民避難
  • 汚染家屋の解体
  • 表土除去
  • 放射性廃棄物の隔離処分

除染によって発生した放射性廃棄物は約3,500立方メートルにも及びました。

除染にかかった費用は430万ドル(日本円で約6億円以上)にもなったと言われています。

事故後も長年にわたり、健康被害や風評被害が続くことになります。

『ラジオアクティブ・エマージェンシー』と実話の違い

ドラマはかなり実話に忠実ですが、一部には創作もあります。

ドラマ実話
架空の科学者キャラクターが登場実際は複数の専門家が対応
病院脱出シーン実際には発生していない
ロシア医療チームが登場実際にはアメリカ支援チーム
一部の家族関係を再構成被害者をモデルに脚色

ただし、放射線事故そのものの描写や、青い光の描写は科学的にもかなり正確だとされています。

なぜ事故はここまで拡大したのか

事故拡大の最大要因は、「放射性物質だと誰も知らなかったこと」です。

さらに、

  • 廃病院の管理不足
  • 放射線源の放置
  • 行政の監督不備
  • 初期診断ミス

など、多数の問題が重なっていました。

わずか93グラムのセシウム137が、都市全体を巻き込む災害へ発展したのです。

まとめと人気の実話解説記事

  • 『ラジオアクティブ・エマージェンシー』は実話が元ネタのドラマ
  • モデルは1987年の「ゴイアニア被ばく事故」
  • 廃病院に放置されたセシウム137装置が原因
  • 青く発光する粉末が街中へ拡散した
  • 4人が死亡し、249人に汚染が確認された
  • ドラマは大筋で実話に忠実だが一部創作もある

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