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映画【6日間】実話モデルの占拠事件の時系列解説と映画と実話の違い

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映画【6日間】実話モデルの占拠事件の時系列解説と映画と実話の違い サムネ

映画『6日間』は、1980年にロンドンで実際に起きた「駐英イラン大使館占拠事件」をもとに、

イギリス特殊部隊SASと警察交渉人が6日間にわたって人質解放に挑む姿を描いた作品です。

この記事では、

  • 『6日間』が実話を元にした作品かどうかの結論
  • 事件の概要とモデルとなった人物のプロフィール
  • 実話の時系列(事件の経緯)
  • 映画と実話の違い
  • 事件のその後と映画が伝えたかったこと

こちらを解説していきます。

『6日間』は実話をモデルにした作品

結論から言うと、映画『6日間』は実話を元ネタにした作品です。

1980年にロンドンで起きた「駐英イラン大使館占拠事件」を題材にしており、

英国特殊部隊SASによる人質奪還作戦「オペレーション・ニムロッド」が実際に行われた出来事を映画化しています。

映画は2017年にニュージーランド出身のトア・フレイザー監督によって製作され、Netflixで配信されました。

登場人物の多くは実名で描かれており、実際の事件に関わったラスティ・ファーミンさんが映画の製作に協力しています。

映画の役者はSAS隊員のファーミンさんから直接、当時の射撃技術や武器の扱い方を学んだそうです。

駐英イラン大使館占拠事件とは

項目内容
事件名駐英イラン大使館占拠事件
発生期間1980年4月30日〜5月5日(6日間)
場所イギリス・ロンドン、サウスケンジントン、プリンシズゲート26番地
犯人グループアラビスタン解放民主革命戦線(DRFLA)6人
人質の人数最大26人(大使館員、訪問者、警察官)
死者人質2人、犯人5人
生存した犯人フォウジ・バダヴィ・ネジャド 1人
解決作戦オペレーション・ニムロッド(SAS実施)

駐英イラン大使館占拠事件は、テレビの生中継を通じて世界に公開されたイギリス初の特殊部隊作戦として知られています。

この事件はSASの名声を世界に知らしめた歴史的な出来事となりました。

映画『6日間』実話モデル・駐英イラン大使館占拠事件の時系列

1980年4月30日:イラン大使館の占拠開始

午前11時30分、イランのアラブ系住民の解放を求める過激派組織

「アラビスタン解放民主革命戦線(DRFLA)」の武装メンバー6人が、イラン大使館に突入しました。

犯人グループはイラン系アラブ人で、

イランで逮捕されたアラブ人91名の釈放と、安全にイギリス国外に出ること

を要求しました。

占拠された建物には、大使館員や訪問者を含む26人が人質として取られました。

その中には、外交機関の警護を担当する「外交警護隊」の警察官トレヴァー・ロックさんも含まれていました。

ロックさんは拳銃を携帯していましたが、

武装した犯人グループに対して独断で発砲することを控え、

交渉人との連絡役を務めながら6日間を耐え抜きました。

1980年5月1日〜4日:交渉の継続と人質の一部解放

大都市警察(メトロポリタン・ポリス)の交渉人マックス・ヴァーノンさんらが24時間体制で犯人グループとの交渉を続けました。

交渉の中で、食料の提供や犯人グループの声明のBBC放送といった小さな譲歩と引き換え

という条件のもと、病人や子どもを含む5人の人質が解放されました。

そして、イギリス政府は内閣緊急委員会「コブラ」を招集し、SASを予備として待機させることを決定しました。

SAS司令官マイケル・ローズ大佐率いる2つのチームがすでにロンドン入りし、

建物の間取りや犯人グループの動向の情報収集を進めていました。

1980年5月5日(午後):人質の処刑とSAS突入の決断

6日目、要求が満たされないことへの焦りを強めた犯人グループは、

大使館の報道部長アッバース・ラヴァサーニさんを処刑しました。

ラヴァサーニさんは1979年のイラン革命の強い支持者で、

人質に選ばれるなら自分を選ぶよう自ら申し出たとも言われています。

遺体は大使館の玄関から外に投げ捨てられました。

この事態を受け、イギリス政府はSASによる武力突入を許可しました。

1980年5月5日(午後7時23分):オペレーション・ニムロッド

SASの「レッドチーム」と「ブルーチーム」が同時に突入を開始しました。

作戦名は「オペレーション・ニムロッド」です。

レッドチームは建物の屋上からロープで懸垂降下しながら後方の窓を破って突入し、

ブルーチームは建物の正面と地下から突入しました。

突入の際、レッドチームの1人がロープに絡まるというトラブルが発生しましたが、仲間の兵士が助けながら作戦を続行しました。

突入の衝撃で建物の内部に火災も発生しました。

それでも突入からわずか17分で制圧が完了し、19人の人質が救出されました。

そして、犯人6人のうち5人がSAS兵士によって射殺されました。

唯一の生き残りの犯人グループの1人は、人質の中に紛れ込もうとしたところを取り押さえられました。

突入時には人質のうち2人が死亡しています。

ラヴァサーニさんは突入前に処刑されており、テレックス室で作業していた一時雇用職員が犯人グループに撃たれて死亡しました。

作戦の一部始終はBBCが生中継しており、記者のケイト・エイディさんはこの中継を通じて世界に知られる存在となりました。

映画『6日間』と実話の違い

SASの指揮官の役割について

映画でジェイミー・ベルさんが演じたラスティ・ファーミンさんは実在のSAS兵士で、

実際にオペレーション・ニムロッドに参加していました。

ファーミンさんはその後、事件の詳細を記した著書『Go! Go! Go!』を出版しており、映画の製作にも全面的に協力しています。

ただし映画ではファーミンさんがSASチームのリーダーとして描かれており、

実際の現場指揮官はマイケル・ローズ大佐だったとされています。

これは事件の顔として観客が感情移入しやすい人物を明確にするための演出とも考えられます。

人質の誘導シーンの描写について

映画では人質たちが自力で階段を走り下りて脱出するシーンが描かれています。

しかし実際の突入では、SAS兵士が人質を「肩から肩へ」と手渡しながら管理下に置いて誘導したとされています。

これは混乱の中でテロリストが人質に紛れ込もうとする事態を防ぐための手順でした。

実際にネジャドさんは人質の中に紛れ込もうとしたところを取り押さえられています。

映画全体の評価について

映画はSASの作戦や交渉の経緯をほぼ忠実に再現しているとされています。

ケイト・エイディさん本人も映画における自身の描写を肯定的に受け止めたそうです。

一方で映画評の雑誌では

「サッチャー時代の複雑な政治的対立が、シンプルな西側対中東の構図に圧縮されている」

という指摘もあります。

唯一の生き残り犯人・ネジャドさんのその後

唯一生き残った犯人のフォウジ・バダヴィ・ネジャドさんは、事件後に身柄を確保され、終身刑を言い渡されました。

その後2008年10月、27年間の服役を終えてHM刑務所フォードから釈放されました。

イギリス政府は外国人テロリストとして強制送還を検討しましたが、

イランに送還した場合に拷問または死刑に処される可能性があるとして、人権法の観点から送還できないと判断しました。

ネジャドさんは現在も別の身元でイギリスのサウスロンドンに居住しているそうです。

『6日間』が伝えたかったもの

映画『6日間』は単なるアクション映画ではなく、

  • 交渉人
  • 特殊部隊
  • 報道機関

という三者の視点を通じて、

テロへの対応がいかに複雑な判断を迫るものか

を描いた作品です。

犯人グループがただの「悪役」としてではなく、抑圧された少数民族の一員として描かれていることも特徴的です。

彼らの要求は、1979年のイラン革命後に権利を剥奪されたアラブ系住民の自治権回復を求めるものでした。

また、BBCが世界初ともいわれる特殊部隊作戦の生中継を行った歴史的事件でもあり、

現代のテロ報道のあり方を考えるうえでも重要な出来事として語り継がれています。

まとめと人気の実話解説記事

  • 『6日間』は1980年にロンドンで起きた「駐英イラン大使館占拠事件」を元ネタにした実話映画だった
  • 犯人グループはフーゼスターン州のアラブ人囚人91名の解放を求めた6人のイラン系アラブ人だった
  • 6日間の交渉が決裂し、SASが「オペレーション・ニムロッド」と呼ばれる突入作戦をわずか17分で完了させた
  • 映画は史実に概ね忠実だが、SASの指揮官の役割や人質誘導シーンなど一部に脚色がある
  • 唯一の生き残り犯人フォウジ・ネジャドさんは27年服役後に釈放され、現在もイギリスに住んでいると言われている
  • 映画の製作にはSAS隊員ラスティ・ファーミンさんが協力しており、当事者から高い評価を受けている

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