映画『コカイン・ベア』は、1985年にアメリカで実際に起きた麻薬密輸事件と、
野生のクマがコカインを大量に摂取して死亡した出来事をもとに作られた作品です。
この記事では、
- 『コカイン・ベア』が実際にあった出来事かどうか
- 実話のモデルとなった密輸人アンドリュー・ソーントンさんの経歴
- コカインを摂取したクマに何が起きたのか
- 映画と実話のあいだにある違い
- 映画が伝えたかったこと
こちらを解説していきます。
『コカイン・ベア』は実話を元ネタにした作品
結論から言うと、『コカイン・ベア』は1
985年にアメリカ・ジョージア州で実際に起きた出来事に着想を得た映画です。
2023年にエリザベス・バンクスさんが監督を務めたこの映画の原題は「Cocaine Bear」。
「コカインを誤って大量に摂取した野生のクマが、薬物中毒で死亡した」という実際の事件がモデルになっています。
ただし、映画の描写は実話を大幅に脚色したものです。
実際にはクマが人間を襲ったという記録は一切なく、映画のようなホラーコメディとしての演出はほぼすべて創作です。
事件の発端は、元警察官の麻薬密輸人アンドリュー・ソーントンさんが作戦の失敗によって
ジョージア州の森林に大量のコカインを投棄したことにありました。
密輸人アンドリュー・ソーントンとは何者だったのか
映画の物語の発端となるアンドリュー・カーター・ソーントン2世さんは、元警察の麻薬捜査官という異色の経歴を持つ人物でした。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | アンドリュー・カーター・ソーントン2世 |
| 生年 | 1944年(ケンタッキー州バーボン郡生まれ) |
| 職歴 | 米陸軍空挺兵 → レキシントン警察麻薬捜査課 → 密輸組織リーダー |
| 資格・特技 | 法学学位・空手などの格闘技・パラシュート降下 |
| 死亡日 | 1985年9月11日 |
| 死因 | パラシュートが開かず、テネシー州ノックスビルの民家私道に墜落死 |
法と秩序を守る側にいた人間が、みずから密輸組織を率いる側に転じた、複雑な人物でした。
映画ではマシュー・リスさんが演じています。
麻薬密輸作戦の失敗と熊の薬物摂取までの実話を時系列で解説
1944年:裕福な家庭に生まれたエリート
ソーントンさんは1944年、ケンタッキー州バーボン郡の裕福なサラブレッド飼育農家に誕生しました。
エリート教育を受けた後、米国陸軍に入隊し、空挺兵として訓練を積みます。
1965年のドミニカ内戦に従軍し、その功績から紫勲章(パープルハート章)を授与されるほどの実力を持っていました。
1970年代:麻薬捜査のプロから密輸の世界へ
退役後、ソーントンさんはケンタッキー州レキシントン警察署に入署。
1970年代には麻薬捜査課に所属し、連邦麻薬取締局(DEA)との合同捜査を主導する立場にありました。
さらに夜間法科大学院を修了し、1976年には法学学位も取得。
外から見れば申し分のないエリートだったわけです。
ところが、退屈な警察業務に飽き足らず、
スリルと危険を渇望するようになったソーントンさんは、次第に麻薬密輸の世界へと足を踏み入れていきます。
1979年:「ザ・カンパニー」での逮捕と服役
ソーントンさんは武装組織「ザ・カンパニー」を率い、武器取引や麻薬の空輸に乗り出しました。
1979年、南米からケンタッキー州へ大麻の約500kg分を空輸した容疑で逮捕。
1981年に起訴され、5ヶ月間服役し、弁護士資格も剥奪されています。
銃器を常に持ち、防弾チョッキを着用して行動するという過激なスタイルの持ち主でした。
ジェサミン郡には塹壕と有刺鉄線を張り巡らせた要塞化された農場「トライアド」を所有し、傭兵の戦闘訓練まで行っていたとされています。
1982年:裁判引き延ばしのための自作自演
1982年には、レストランの出口で自分自身が撃たれるという狙撃事件をみずから演出しました。
裁判官の同情を引き、審理を引き延ばすための自作自演だったのです。
1985年9月11日:密輸作戦の失敗とソーントンさんの死
ソーントンさんが人生最後に計画したのが、1985年9月11日のコカイン密輸作戦でした。
コロンビアから大量のコカインを積んだセスナ404タイタンを操縦中、
連邦捜査官の追跡電波を感知した彼は自動操縦に切り替えます。
そしてジョージア州上空で、約200ポンド(約90kg)のコカインが入った複数のダッフルバッグを投下しました。
同乗していた空手インストラクターに即席のパラシュート降下講習を行い、
先に飛ばした後、ソーントンさん自身も約77ポンド(約35kg)のコカインを身につけて機外へ飛び降ります。
- 暗視ゴーグル
- 拳銃2丁
- サバイバルナイフ
- 現金4,500ドル
も持っていたという重装備でした。
ところが、過重あるいはパラシュートの故障により落下傘は開かず、民家の私道に激突して即死。
遺体はグッチのローファーと防弾チョッキを着用した状態で発見されています。
操縦士を失ったセスナ機はそのまま飛び続け、山に墜落しました。
1985年11月〜12月:野生クロクマの死骸発見
ソーントンさんが投下したコカインが落下したのは、ジョージア州の国立森林公園内でした。
1985年11月から12月のクロクマ狩猟シーズン中、地元のハンターが若いメスのクロクマの死骸を発見。
周囲にはソーントンさんが投下したコカインの空容器が散乱しており、
クマがコカインを摂取して死亡したことがすぐに疑われました。
1985年12月23日:GBIが薬物中毒死を公式発表
ジョージア州捜査局(GBI)は1985年12月23日、
クマが遺棄されたコカインを誤飲し、急性薬物中毒で死亡したことを公式に発表しました。
こうして世界的に有名になった「コカイン・ベア」事件が表舞台に出てきたのです。
コカインを摂取したクマに何が起きたのか
実在した「コカイン・ベア」は、体重175ポンド(約79kg)の若いメスのアメリカクロクマでした。
実際には人間を1人も襲っておらず、人知れず森の中で命を落とした野生動物の悲劇だったのです。
なぜクマはコカインを食べてしまったのか
ソーントンさんが投下したダッフルバッグの中には、40個のプラスチック容器に小分けされた計約75ポンドのコカイン
(約34kg、価値にして約2,000万ドル。30億円相当)が入っていました。
冬眠を前にして熱心に食料を探していたクロクマが、森に落ちているこれらの容器を発見。
密輸用のコカインには小麦粉や重曹が混ぜられており、クマの鋭敏な嗅覚には甘く魅力的な匂いに感じられたと考えられています。
引き裂かれた容器の中身をクマが次々と口にしてしまったのです。
検死で明らかになった死因
GBIの主任検視官が実施した解剖の結果、
クマの胃はコカインの粉末でびっしり埋め尽くされていたことが判明しました。
実際に血流に吸収されたのは3〜4グラム程度と推定されていますが、
これでもどんな哺乳類にとっても生存できない超高濃度です。
クマは死亡前の30〜45分間で、以下のような壊滅的な急性症状に見舞われたとされています。
- 脳出血(急激な血圧上昇による脳血管の破裂)
- 呼吸不全(中枢神経の麻痺による呼吸停止)
- 高熱症(体温調節機能の破壊による異常な高熱)
- 腎不全・心不全(循環器系と濾過機能の同時停止)
- 脳卒中(脳血流の途絶)
現場周辺からは最終的に計218〜220ポンド(約100kg)近くのコカインが回収されましたが、
一部の容器はすでに空になっており、人間が当局より先に持ち去った可能性もあるとされています。
熊は剥製にされ、置き場所は転々としていった
GBIのアロンソさんは解剖後、クマの遺体を廃棄せず、知人の剥製師に依頼して標本に仕立て上げました。
この剥製はのちに、コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルにちなんで
「パブロ・エスコベア」という名で呼ばれるようになります。
その後30年以上にわたり、全米をたらい回しにされるという数奇な運命を辿ることになるのです。
ビジターセンターから盗難へ
剥製はまず、ジョージア州のビジターセンターに寄贈されました。
当時は薬物中毒死の経緯は伏せられ、一般的な野生動物の標本として展示されていたとのこと。
ところが1990年代初頭、森林火災が接近したため展示品を倉庫に避難させたところ、
倉庫が何者かに荒らされ、剥製を含む多くの歴史的遺物が盗み出されてしまいました。
カントリー歌手ウェイロン・ジェニンスさんの手に
盗難後、剥製はテネシー州ナッシュビルの質屋などを経由して各地を転々としました。
やがてこれを入手したのが、
自身もコカイン中毒を乗り越えたアウトロー・カントリーの代表的ミュージシャン、ウェイロン・ジェニンスさん。
ジェニンスさんは悪友へのジョークとして剥製を購入し、ラスベガスの友人ロン・トンプソンさんに贈呈したのです。
競売を経て中国漢方薬局の看板へ
トンプソンさんの自宅に長年展示されていましたが、2009年に彼が亡くなり、遺品がオークションにかけられました。
最終的にネバダ州リノにある中国人漢方薬局の看板として買い取られるという、なんとも奇妙な転身を遂げます。
2015年:ケンタッキー州レキシントンに落ち着く
2015年、地元の起業家ホイット・ハイラーさんと
グリフィン・ヴァンメーターさんがこの伝説を追いかけ、剥製がある店舗オーナーの未亡人と交渉。
送料のみの無償で剥製を引き取り、ケンタッキー州レキシントンの自社モール
「ケンタッキー・フォー・ケンタッキー・ファン・モール」に誘致し、現在も展示が続いています。
しかし、この剥製が本物かどうかについては現在も意見が分かれています。
当時の捜査に関わったGBIの元特別捜査官らは
「発見当時のクマの遺体はすでに1ヶ月近く野ざらしで腐敗が進んでおり、
あのような美しい剥製に加工できたはずがない」
と否定的な見方をしています。
一方のモール側は「これが正真正銘のオリジナルだ」という立場を崩していません。
映画『コカイン・ベア』と実話の違い
映画はあくまで実話に「着想を得た」作品であり、実際の出来事とは大きく異なります。
| 項目 | 映画での描写 | 実際の事実 |
|---|---|---|
| クマの体格 | 体重500ポンド(約226kg)の巨大な母グマ | 体重175〜200ポンド(約79〜90kg)の若いメスのクロクマ |
| クマの行動 | 超人的な興奮状態で人間を次々と追いかける | 人間に接触することなく、森の中で病死 |
| 人的被害 | ハイカーや警官など8人以上を殺害 | 人間への攻撃・死傷事故の記録は一切なし |
| 登場人物 | 麻薬ボスのシドや主人公コレット・マシューズなど多数 | 密輸人ソーントンさんのみが実在。他は全員創作 |
| 物語の結末 | クマが森の王者として生き残る | クマは多臓器不全で死亡 |
クマは人を1人も襲っていない
映画では薬物でハイになったクマが人間を次々と凄惨な方法で仕留めていきますが、
実際のクロクマは人間と接触した記録がまったくありません。
実在したクマは、人間の無責任な行動によって命を落とした無力な被害者でした。
監督のエリザベス・バンクスさんは
「このクマに復讐の機会を与えたかった」
と語っており、映画の残虐な描写は意図的な脚色です。
ソーントンさん以外のキャラクターはすべて創作
映画に登場する麻薬ボスのシド(レイ・リオッタさん演)、主人公のコレット・マシューズ(ケリー・ラッセルさん演)など、
ソーントンさん以外の人間キャラクターは全員フィクションです。
実際にソーントンさんと同乗していた空手インストラクターのビル・レナードさんはパラシュートで無事に生還しており、映画ではほぼ描かれていません。
映画『コカイン・ベア』が伝えたかったこと
クマへの「贖罪」としての映画
監督のエリザベス・バンクスさんは、脚本を初めて読んだとき、
実際のクマが孤独に薬物中毒で死んだという歴史的事実に深く心を痛めたと語っています。
「現実のクマは、人間の身勝手な麻薬戦争の巻き添えで死にました。
だからこそ、この映画をあの哀れなクマへの贖罪の物語にしたいと考えたのです。
映画の中でクマに復讐の機会を与え、
最後は自然が人間に勝利するという構図を描くことで、
現実の死を弔うことができると信じました」
この「自然界の勝利」というテーマは、『ジョーズ』や『ジュラシック・パーク』といった往年のパニック映画へのオマージュでもあります。
「人間が自然を弄んだとき、自然は必ず牙を剥く」
という教訓が込められているとも言えるでしょう。
コロナ禍の混乱を映画に込めた
脚本が監督のバンクスさんの元に届いたのは、
世界がコロナウイルスのパンデミックでロックダウン中だった2020年4月のことでした。
「あの時、誰もが身の回りのカオスに恐怖していました。
私にとって、コカインでハイになったクマほど、
当時の社会全体の混乱と無秩序を完璧に表現したものはありませんでした。
この映画を監督することは、
手のつけられないカオスをエンターテインメントへと手懐けるカタルシスに満ちた作業だったのです」
この発言から、パンデミックの閉塞感と不安を、クマの暴走劇に重ねて昇華させた作品でもあったということです。
名優レイ・リオッタさんの遺作となった
映画『コカイン・ベア』は、2022年5月に心臓麻痺で67歳の若さで急逝した名優レイ・リオッタさんの遺作となりました。
監督のバンクスさんはリオッタさんが亡くなるわずか8日前まで音声の追加収録を一緒に行っており、
「彼がこの突飛な企画を心から楽しみ、全力で悪役を演じてくれた」
として、深い感謝と敬意を込めて映画『コカイン・ベア』をリオッタさんに捧げています。
まとめと人気の実話解説記事
- 『コカイン・ベア』は1985年にアメリカで実際に起きた麻薬密輸事件とクマの薬物中毒死を元ネタにした映画だった
- 発端は元警察官の密輸人アンドリュー・ソーントンさんが作戦失敗でジョージア州の森にコカインを投棄したこと
- 実際のクマは人間を1人も襲わず、コカインの過剰摂取による多臓器不全で静かに死亡していた
- クマの遺体は剥製「パブロ・エスコベア」として全米を転々とし、現在はケンタッキー州レキシントンで展示されている
- 映画に登場するキャラクターはソーントンさん以外すべて創作で、クマが人間を襲う描写もフィクション
- 監督のバンクスさんは本作を「実際のクマへの贖罪の物語」と位置づけて制作した