「その街では、よく人が消えた——」という衝撃的なコピーとともに2025年5月に日本公開された映画『ガール・ウィズ・ニードル』は、
第一次世界大戦後のデンマーク・コペンハーゲンで起きた連続殺害事件をモデルにした作品です。
この記事では、
- 映画『ガール・ウィズ・ニードル』が実話の概要
- 事件の犯人・ダグマー・オーバーバイのプロフィール
- ダグマー・オーバーバイ事件の時系列
- 映画と実際の事件の違い
- この事件がデンマーク社会に与えた影響
こちらを解説していきます。
『ガール・ウィズ・ニードル』は実話をモデルにした作品
結論から言うと、映画『ガール・ウィズ・ニードル』は、
20世紀初頭のデンマークで実際に起きた連続嬰児殺害事件を元ネタにした作品です。
※嬰児
(えいじ。生まれて間もない乳児のこと)
「天使製造人」と呼ばれたダグマー・オーバーバイが引き起こしました。
貧しい未婚の母親たちから「子どもを引き取る」と言って報酬を受け取り、
その場で殺害を繰り返したとされる事件は、デンマーク史上最も陰惨な連続犯罪のひとつとして記録されています。
映画はスウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン監督が手がけ、
第97回アカデミー賞国際長編映画賞のデンマーク代表として最終選考に選出された作品です。
ただし、史実を忠実に再現した伝記映画ではなく、
実話をベースに脚色された作品として制作されています。
実際の事件からかなり大きく改変されている部分もあるので、ここから詳しく解説します。
事件の犯人、ダグマー・オーバーバイとは何者だったのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ダグマー・ヨハンネ・アマーリエ・オーバーバイ |
| 生年月日 | 1887年4月23日 |
| 出身地 | デンマーク・スカンダーボ近郊のヴェドスレ |
| 犯行期間 | 1916年〜1920年 |
| 立証された殺害件数 | 9件(自供は最大16件) |
| 判決 | 死刑(後に終身禁錮刑へ減刑) |
| 死亡 | 1929年5月6日(42歳、獄中にて病死) |
ダグマー・オーバーバイさんは、幼少期に激しい虐待を経験したとされる人物。
貧困にあえぐ未婚の母親たちの「駆け込み寺」を装いながら、実際には子どもを次々と殺害していた
という、デンマーク犯罪史に残る凄惨な事件の主犯でした。
ダグマー・オーバーバイ事件の時系列
1887年4月23日:ダグマーさんの誕生
デンマークのスカンダーボ近郊の村ヴェドスレに、ダグマー・オーバーバイさんが生まれました。
幼少期に激しい虐待を経験したとされており、この経験が
後の裁判では弁護人が情状酌量の根拠として提示しています。
ただし、この主張が量刑判断において重視されることはありませんでした。
1912年〜1913年:最初の不審な子どもの死
1912年9月4日、ダグマーさんはオーフスの産院で最初の娘エレナ・マリーさんを出産しました。
翌1913年には、自身が産んだ新生児が極めて不審な状況のもとで死亡。
これが後の連続殺人の予兆だったと推測されています。
1914年:息子の不審死
ダグマーさんは息子ポウルをもうけるも、こちらも不審死を遂げています。
1915年頃:コペンハーゲンへ移住し駄菓子店を開業
コペンハーゲンへと移住したダグマーさんは、
ホルムブラズゲーゼにて駄菓子店を開業しました。
この時期に同居を始めた機関手のスヴェンセンさんも、子どもに対して極めて強い嫌悪感を示していたとされています。
1916年:最初の立証された殺人
新聞広告を通じて未婚の母親ラズミーネ・イェンセンさんと接触したダグマーさんは、
12クローネ(約250円)の報酬と引き換えに子どもを引き受けることを承諾。
しかし同日、アシステンス墓地にて子どもを絞殺し、遺体を退去用便所に遺棄しました。
これが証拠として立証された、最初の殺人事件です。
1916年〜1920年:「天使製造人」として暗躍
この時期のダグマーさんは、新聞の三行広告を使って「里親の斡旋料」として一時金を受け取り、
子どもを即日あるいは数日以内に殺害するという犯行を繰り返しました。
殺害手段は
- 絞殺
- 水桶で溺れさせる
- 暖炉での焼却
と凄惨を極め、
遺体の処理には焼却・埋葬・ロフトへの隠蔽などが用いられていました。
こうした行為から、ダグマーさんは「天使製造人」と呼ばれるようになります。
1920年7月〜8月:最後の被害者と逮捕
1920年7月、当時21歳だったカロリーネ・オーゲセンさんが、
生後2ヶ月の娘の里親を求める広告を新聞に掲載しました。
ダグマーさんはこれに応じ、コペンハーゲンのアパートで青い乳母車に乗った女児を引き取ります。
子どもを手放した翌日、
深い後悔に苛まれたカロリーネさんがダグマーさんの自宅を再訪し、子どもの返還を要求。
しかしダグマーさんは「里親の住所を忘れた」と言い逃れを繰り返したため、
不審に思ったカロリーネさんが警察に通報しました。
その後の家宅捜索で暖炉の灰から赤ん坊の
- 骨片
- 衣服
- 頭蓋骨
の残骸が発見され、ダグマーさんはその場で逮捕されています。
1921年3月3日:死刑判決
予備尋問においてダグマーさんは最大16人の殺害を自供しましたが、
証拠の散逸と立証の困難さから、最終的に9件の殺人罪のみで起訴・有罪となりました。
デンマーク司法史上、1861年以来となる女性への死刑判決が言い渡されることになります。
1921年4月:国王による特別措置
国王クリスチャン10世および内閣は、
文明国として女性への極刑執行を避けるべき
との政治的・人道的な配慮から、
死刑を終身禁錮刑へと減刑しました。
しかし、結局は延命となっただけで牢獄から一生出られないことには変わりません。
1929年5月6日:ダグマーさんの最期
コペンハーゲンのヴェスト・フェンセル刑務所にて、
重度の精神病(幻覚・妄想・パラノイアなど)
を患った末に42歳で病死しました。
こうして「天使製造人」ダグマー・オーバーバイさんの生涯は幕を閉じます。
映画『ガール・ウィズ・ニードル』と実話の違い
| 項目 | 映画での描写 | 実際の事実 |
|---|---|---|
| カロリーネの境遇 | お針子として働く女性。工場オーナーとの恋愛が破綻し、望まない妊娠に至る | 当時21歳の未婚の母親。困窮から新聞広告で里親を探していた |
| カロリーネとダグマーの関係 | ダグマーに救われた後、もぐりの養子縁組所で乳母として雇われ共同生活を送る | 子どもを手放した翌日に通報。個人的な関わりは短期的・偶発的なもの |
| ダグマーの年齢・風貌 | 50代の威厳ある壮年の女性(トリーネ・デュアホルムさんが演じる) | 逮捕時は33歳。比較的若い女性だったとされる |
| 夫ペーターの造形 | 第一次世界大戦で顔の半分を失い、サーカスの見世物小屋で働く人物 | 実在の夫アントン・ペーター・ニールセンさんは1912年に結婚・1921年に離婚。映画ほど劇的な描写はない |
| エーテルの使用 | ダグマーとカロリーネがエーテルを吸引し、陶酔感を共有するシーンが描かれる | ダグマーさんがエーテルを濫用していたという明確な記録はない |
カロリーネの役割が映画で大きく変えられている
実際の事件でダグマーさんを警察に通報したカロリーネ・オーゲセンさんは、
子どもを手放した翌日に通報を行っており、ダグマーさんとの個人的な関わりは極めて短いものでした。
しかし映画の中のカロリーネは、貧困の中で望まない妊娠をし、
編み針で堕胎を試みているところをダウマに救われるという設定に変えられています。
さらに、自身の赤ちゃんを手放した後にダウマの店で乳母として雇われ、共同生活を送るという展開が描かれるのです。
この大胆な改変により、視聴者はカロリーネの目線を通じてダウマという人物の
「怖さ」と「救済者としての側面」を同時に体験することになります。
ダウマ(ダグマー)の年齢設定が違う
実際のダグマーさんが逮捕された時点では33歳でした。
しかし映画のダウマは、
名優トリーネ・デュアホルムさんが演じる50代の威厳ある壮年の女性として描かれています。
この設定変更によって、ダウマはより「母なる支配者」としての存在感を出せて、
カロリーネとの関係性に一種の歪んだ親子関係のような緊張感が生まれています。
夫ペーターは映画オリジナルの人物
映画に登場する夫ペーター(ベシーア・セシーリさんが演じる)は、
第一次世界大戦で顔の半分を失い、サーカスの見世物小屋で働くという悲劇的な人物として描かれています。
実在の夫アントン・ペーター・ニールセンさんについて確認されている記録は、
1912年に結婚・1921年に離婚という情報のみ。
映画のような劇的な設定は創作上の改変で、
戦争が残した傷をカロリーネの境遇と重ねることで、
時代の絶望感を強調する演出的な意図があるとされています。
ダグマー事件がデンマーク社会を変えた
ダグマー・オーバーバイ事件は、ただの猟奇事件として終わらず、
デンマークの社会制度そのものを大きく変える契機となりました。
住民登録制度(Folkeregister)の誕生
1920年代以前のデンマークには、
- 個人の出生
- 死亡
- 住所移動
を厳密に追跡する行政システムが存在しませんでした。
そのため、非合法の里親斡旋所に預けられた子どもは行政に把握されておらず、
姿を消しても誰も追及できない
という盲点が生まれていたのです。
この事件への猛省から特別委員会が設置され、
1924年には全地方自治体に「国民登録」の導入を義務付ける法案が可決されました。
子どもが社会から「見えない存在」として消される道が塞がれたわけです。
現代のデンマークが世界で最も整備された戸籍・福祉データシステムを持つ国とされるのは、
この事件の被害児たちの死によって築かれたといっても過言ではありません。
婚外子への支援制度の整備
当時のデンマーク社会では、結婚制度の枠外で生まれた「婚外子」は
宗教的・倫理的な「恥」とみなされ、養育責任はもっぱら未婚の母親に一方的に課されていました。
ダグマー事件をきっかけとした法廷闘争と世論の議論は、
「養育費を支払わない父親」や
「彼らを免罪してきた国家制度」こそが
本質的な問題ではないか
という問いを社会全体に突きつけることになります。
この論争の結果、1920年代半ばから婚外子バイへの
公的な経済支援・養育費の強制徴収制度・非公式な養子縁組に対する法的監視が大幅に強化されました。
映画『ガール・ウィズ・ニードル』が伝えたかったこと
マグヌス・フォン・ホーン監督は、この映画についてこう語っています。
「この映画はダグマー・オーバーバイの単なる歴史的伝記ではない」
映画制作の動機には、近年のポーランドやアメリカにおける人工妊娠中絶の権利をめぐる政治的議論や抑圧、
そして格差社会における「社会的に不要とされた人々」への共感があるとされています。
撮影監督のミハウ・ディメクさんが手がけた3:2のアスペクト比によるモノクロ映像は、
ドイツ表現主義の「明暗法」を踏まえたもの。
甘いお菓子屋の装飾と幼い子どもの殺害という差が、
「美しい外見の内部に倫理的な美が必ずしも宿るわけではない」
という事実を訴えかけてくるわけです。
ダウマ役を演じたトリーネ・デュアホルムさんは、ダウマを単なる冷酷な悪魔ではなく、
自身もかつて虐待や不妊に苦しんだ一人の弱い人間として表現。
「ダウマは社会が必要としながらも、
誰もが直視することを恐れた役割を代わりに遂行したに過ぎない」
そのデュアホルムさんの演技が表すメッセージは、
100年前のコペンハーゲンで起きた悲劇が、
- 貧困
- 格差
- 女性の自己決定権の剥奪
という形を変えながら現代社会にも続いているという、静かでありながら強い警告です。
まとめと人気の実話解説記事
- 映画『ガール・ウィズ・ニードル』は、実在した連続嬰児殺害「ダグマー・オーバーバイ事件」を元ネタにした作品
- 犯人のダグマー・オーバーバイさんは「天使製造人」と呼ばれ、1916年〜1920年にかけて少なくとも9件の殺害が立証されている
- 映画の主人公カロリーネは、実際に事件を通報したカロリーネ・オーゲセンさんをモデルにしているが、その役割や関係性は大きく改変されている
- 映画のダウマ(ダグマー)は50代の壮年女性として描かれているが、実際の逮捕時は33歳だったとされている
- ダグマー事件をきっかけに1924年に住民登録制度が導入され、現代デンマークの充実した福祉システムの礎となった
- 映画は史実の再現にとどまらず、現代にも続く女性の権利・貧困・格差の問題を問いかける作品になっている