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【ライオンの隠れ家】実話モデルの太田兄弟が歩んだ人生とドラマとの違い

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【ライオンの隠れ家】実話モデルの太田兄弟が歩んだ人生とドラマとの違い

TBSドラマ『ライオンの隠れ家』は、自閉スペクトラム症の弟・美路人と、彼を支える兄・洸人の絆を描いたヒューマンサスペンスです。

実話なのかどうか、またモデルとなった人物は誰なのか、気になった方も多いのではないでしょうか。

この記事では、

  • 『ライオンの隠れ家』が実話かどうか
  • モデルとなった「太田兄弟」のプロフィール
  • 太田兄弟の歩みを時系列で解説
  • ドラマと実話の違い
  • 映画『LION』との混同について

こちらを解説していきます。

『ライオンの隠れ家』は実話ではない

結論からいうと、『ライオンの隠れ家』は特定の事件や実在の人物をそのままトレースした実話ベースの作品ではありません。

脚本家の徳尾浩司さんと一戸慶乃さんによる、完全オリジナルのフィクション作品です。

ただし、ドラマには強力なインスピレーションの源となった「実在モデル」が存在しています。

坂東龍汰さんが演じる自閉スペクトラム症(ASD)の青年・小森美路人のキャラクターと、

彼が発揮する卓越した絵画の才能、そして柳楽優弥さん演じる兄・洸人との「きょうだい」の絆には、

実在するアーティストとその兄の姿が色濃く反映されているのです。

なぜ「実話では?」と話題になったのか

『ライオンの隠れ家』が実話だと思われるのには、いくつかの理由があります。

まず、劇中で描かれる社会問題のリアルさです。

  • 児童虐待(ネグレクト)
  • DV
  • 自閉スペクトラム症を持つ家族の孤立
  • 福祉制度の限界

といった要素は、日々のニュースで報じられる現実の問題と強くリンクしています。

フィクションでありながら、ドキュメンタリーのような説得力を持ってしまっているわけです。

また、後述する「太田兄弟」という実在モデルの存在と、ASD専門家による徹底した監修も、作品に「作り物ではない感」を与えています。

主演の柳楽優弥さんが以前、実話をベースにした是枝裕和監督の映画『誰も知らない』に出演していたことも、

「これも実話なのでは?」という連想を生んでいるようです。

映画『誰も知らない』
の実話についてはこちら

モデルとなった「太田兄弟」とは

ドラマで描かれる「障害を持つ弟の才能を社会に繋ぐために、共に歩む決意をした兄弟」のモデルとなったのは、

実在の画家・太田宏介さんと、その実兄でありギャラリー宏介株式会社の代表取締役を務める太田信介さんです。

ドラマのプロデューサー・松本友香さんが、信介さんの著書「僕らは「きょうだい」で起業をする」から着想を得て企画をスタートさせました。

宏介さんの実際の絵画が、劇中の美路人の作品として採用されている点も大きな特徴です。

兄・太田信介さんのプロフィール

項目内容
名前太田信介(おおた のぶすけ)
生年1974年
出身地福岡県太宰府市
職業ギャラリー宏介株式会社 代表取締役
著書『僕らは「きょうだい」で起業をする』

弟・太田宏介さんのプロフィール

項目内容
名前太田宏介(おおた こうすけ)
生年1981年
出身地宮崎県
診断2歳で知的障害を伴う自閉症の診断を受ける
職業画家

宏介さんは知的障害を伴う自閉症の当事者でありながら、鮮やかな色彩感覚と大胆な構図を持つ独自の絵画スタイルを確立したアーティストです。

太田兄弟の実話を時系列で解説

1981年〜1983年:兄弟の誕生と診断

1974年に福岡県太宰府市で生まれた信介さんは、年子の姉と7歳下の弟・宏介さんの3人きょうだいで育ちました。

1981年、宮崎県で生まれた宏介さんは、2歳のとき知的障害を伴う自閉症の診断を受けます。

当時の信介さんは周囲の目を気にして、弟の存在を隠そうとしていたと後に語っています。

1992年:絵画の世界への第一歩

宏介さんが11歳になった1992年、福岡県大野城市の松澤造形教室に通い始め、本格的な絵画制作をスタートさせます。

これが、のちに世界へと羽ばたくアーティストの原点となりました。

1996年〜2002年:才能の開花と信介さんの覚悟

1996年、宏介さんは初の個展を開催し、以降毎年継続して個展を開き続けます。

「マリンワールド海の中道・魚の絵コンクール」では福岡県教育委員会賞を受賞しました。

そして2002年、信介さんの人生を変える出来事が起きます。

福岡市美術館で開催された「ナイーブな絵画展」に宏介さんの作品が出品され、

世界的アーティスト・草間彌生さんの作品の隣に並んで展示されたのです。

この光景に強い衝撃を受けた信介さんは、弟の絵画が持つ社会的な価値を確信するようになりました。

2002年〜2011年:9年間の会社員生活と心の支え

信介さんはパチンコ店「株式会社ユーコー」で28歳のときに店長へ昇格し、9年間勤務を続けました。

売上プレッシャーや極限のストレスで体重が49キロまで減少し、十二指腸潰瘍を患うほど追い詰められた時期もあったそうです。

そんなとき信介さんを救ったのが、実家に飾られた宏介さんの邪気のない鮮やかな絵でした。

その絵を見て涙が溢れ出た体験が、弟と共に生きていく決意を固めるきっかけとなったのです。

このエピソードは、ドラマの洸人が美路人の才能を信じて動き出す動機と深くリンクしています。

2012年:脱サラして起業

2012年、信介さんは9年間の会社員生活に終止符を打ち、弟・宏介さんと共に歩むことを決意します。

絵画の販売・レンタル事業「絵届け問屋kousuke」を創業し、宏介さんの才能を社会へと届ける活動がスタートしました。

「自分は絵を描けないが、弟は一人でビジネスを展開できない。お互いの足りない部分を補い合う対等なパートナー」

という考え方が、信介さんの起業の軸にありました。

2013年〜2016年:受賞と活躍の場の拡大

2013年、宏介さんは日本野鳥の会「80周年Tシャツコンテスト」で最優秀賞を受賞。

信介さんも「福岡きょうだい会」での活動を始め、障害者のきょうだいを支援する取り組みにも力を入れていきます。

2014年には、九州朝日放送主催の展覧会「自閉の画家 太田宏介 22年の軌跡」を福岡市アジア美術館で開催。

72点の作品を展示し、6日間で2500名以上が来場する大きな反響を呼びました。

2016年には宏介さんの作品「ひまわり」が、大相撲・阿武松部屋の阿夢露関の化粧まわしに採用されるなど、

活躍の場はアートの世界を越えて広がっていきました。

2020年〜2022年:実店舗オープンと法人化

2020年、福岡県太宰府市に実店舗「ギャラリー宏介」をオープン。

兄弟の活動拠点として、地域との接点をより強固なものにしていきました。

2021年にはNHKドキュメンタリー『絵が自由をくれた』が全国放送され、宏介さんと家族の歩みが全国に広く紹介されます。

信介さんは全国きょうだい会の事務局長にも就任し、障害者のきょうだいを支援する活動の輪を全国へと広げていきました。

2022年には「ギャラリー宏介株式会社」として法人化し、事業をさらに拡大。

同じ時期、TBSの松本友香プロデューサーが信介さんの著書に出会い、ドラマ企画が本格的に始動しました。

2023年〜2024年:海外初個展とドラマ化

2023年、台湾のノボテル台北で宏介さんの海外初個展が開催されます。

アジア圏への発信が始まり、国際的なアート市場への進出も実現しました。

そして2024年、TBS系列金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』が放送開始。

劇中で使われた「ライオン」の絵は、宏介さんがドラマのために新たに描き下ろした本物の作品です。

宏介さんは一切の下描きをせず、直感だけで描き上げたとのこと。

その作品は、画面全体にフィクションを超える圧倒的な生命力をもたらしました。

同年、太田兄弟のアトリエ館もオープンしています。

ドラマ『ライオンの隠れ家』と太田兄弟の実話の違い

ドラマと太田兄弟の実話における主な違いは、以下の通りです。

項目ドラマでの描写実際の太田兄弟
弟のキャラクター小森美路人(架空の人物)太田宏介さん
兄のキャラクター小森洸人(架空の人物)太田信介さん
舞台海沿いの家福岡・太宰府
弟の好きなモチーフライオンゴリラ(実際に宏介さんが最も好む)
兄弟の関係性「兄が弟を守る」守護関係「お互いを補い合う対等なパートナー」
サスペンス要素謎の子ども出現・失踪事件・DV逃亡なし

ドラマはあくまでフィクションであり、サスペンスや謎の事件はすべて創作。

太田兄弟の「起業の骨格」のみが参考にされています。

弟の好きなモチーフは「ライオン」ではなく「ゴリラ」だった

ドラマのタイトルにもなっている「ライオン」ですが、実際の宏介さんがプライベートで最も好むモチーフは「ゴリラ」だそうです。

信介さんが好きな「フクロウ」もよく描いてくれるとのこと。

ドラマのキーアイテム「ライオン」というお題に対して、宏介さんは自身の色彩感覚を存分に発揮しました。

下描きなしで直感的に描き上げたライオンの絵は、太田宏介さんの才能そのものを体現する作品となりました。

兄弟の関係は「守護」ではなく「対等なパートナー」

ドラマでは、兄・洸人が弟・美路人を守ろうとする構図が強く描かれています。

しかし実際の信介さんは、親のように弟を甘やかすのではなく、あえて一定のドライさを保ちながら接しているとのことです。

信介さんはインタビューでこのように語っています。

「自分は絵を描けないが、弟は一人でビジネスを展開できない。

お互いの足りない部分を補い合う、対等なビジネスパートナーだ」

この「対等なパートナー」という姿勢が、太田兄弟のビジネスと関係性の根っこにあるものです。

映画『LION』との混同にも注意

『ライオンの隠れ家』を調べると、2016年に公開された実話映画

『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』と混同してしまうケースがあります。

映画『LION』は、5歳のときにインドで迷子になりオーストラリアの養父母に育てられたサルー・ブライアリーさんが、

25年後にGoogle Earthを使って実母を探し出したという奇跡の実話です。

タイトルに「ライオン」が入っているため、同時に検索されやすくなっているようです。

なお、映画『LION』自体にも、実話と映画の違いがいくつか存在します。

項目映画での描写実際の事実
恋人の設定ルーシー(ニューヨーク出身の留学生)リーサ(オーストラリア人/大学卒業後に出会った)
きょうだい構成兄グドゥ、妹シェキラのみ実際には兄カルゥも存在し、失踪後の実家を支えた
捜索の手段Google Earthのみを強調Google EarthとFacebookを活用して現地の支援者を特定した

映画『LION』は実話ベースの作品ですが、『ライオンの隠れ家』とは内容も登場人物も全く異なる別の作品です。

制作陣のこだわりとASD監修の体制

ドラマに高いリアリティをもたらした大きな要因のひとつが、自閉スペクトラム症(ASD)の専門監修です。

特別支援教育を展開する「さくらんぼ教室」代表の伊庭葉子さんが監修を担当。

社会的影響力の大きい地上波ドラマでASDのキャラクターが魅力的に描かれることを願い、監修を引き受けたと伊庭さんは語っています。

美路人役を演じた坂東龍汰さんは、役作りのために何度もさくらんぼ教室に足を運び、実際の生徒たちと直接交流を重ねました。

生徒たちのこだわりやパニック時の反応、楽しい時の豊かな表情や無邪気な個性をキャッチし、自身の演技に細かく反映させていったのです。

また、幼少期の美路人役として、さくらんぼ教室の生徒・加藤竣志くんが起用されました。

親御さんの「うちの子を知ってほしい」という強い理解のもと、

スタッフが竣志くんの安心できる環境を根気よく整え、時間をかけて信頼関係を築いたことで、自然で愛らしい幼少期シーンが実現しました。

坂東龍汰さんが美路人役に選ばれた理由

美路人役に坂東龍汰さんが起用された理由には、プロデューサー陣の過去作品への高い評価があります。

松本友香プロデューサーは、坂東さんが2019年の映画『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』で見せた、緻密な研究に基づく真摯な演技に感銘を受けていました。

「今回の難しい役柄を任せられるのは坂東さんしかいない」と確信してオファーを出したとのことです。

単なるステレオタイプに依存しないキャラクター構築のために、演技派としての実績が重視されたことがわかります。

松本プロデューサーが企画を立ち上げたきっかけ

松本友香プロデューサーが本企画を思い立ったのは、放送の2年前(2022年頃)のことです。

30代に入り、環境が安定して「変わらないこと」に慣れてしまう自分に危機感を覚えた松本さんは、

「変化を嫌う人々が、他者との出会いで変わっていく物語」を模索し始めました。

そのとき出会ったのが、太田信介さんの著書だったのです。

「障害のある弟と、その才能を支える兄」というダイナミクスに強く惹かれ、ドラマの骨格が形成されていきました。

まとめと人気の実話解説記事

  • 『ライオンの隠れ家』は完全なオリジナルフィクションで、特定の実際の事件に基づいた作品ではない
  • 実在の画家・太田宏介さんとその兄・信介さんが、ドラマの着想モデルとなっている
  • 信介さんは9年間の会社員生活を経て2012年に脱サラし、弟の才能をビジネスに繋げた
  • 劇中の「ライオン」の絵は、宏介さんが下描きなしで描き下ろした本物の作品が使われている
  • 実際の太田兄弟の関係は「守護」ではなく、お互いを補い合う「対等なビジネスパートナー」という考え方を大切にしている
  • ASD監修や俳優の徹底した役作りが、作品に「実話のような質感」をもたらしている

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